
いつ来ても、すきな場所です
初心者向きの安心ハイキングコース、東京なら高尾山、神奈川なら丹沢の大山、山梨ならこの身延山だと思うんです。登山道がきれいに整備されており、休憩できる場所も多く、なんならケーブルカーやロープウェイで途中離脱できる。
身延山の場合、東京からは交通アクセスがよくないですが、それだけに高尾山のような喧噪とは無縁。なんてすばらしい。というわけで、久しぶりのひとり登山はまず、身延山へ向かうことにしました。
時期が4月初旬なので、お花見できたらいいなという心づもりもあったんです。ただちょうど数日来雨が降り続き、残念ながら桜はかなり終わりかけでした。その代わり、足下には可憐なスミレ、目線の高さには満開のミツマタ、頭上に鮮やかなミツバツツジ、春の山ってとてもにぎやかですね。
春は桜、秋は紅葉、ふつうに登山も楽しい身延山ですが、修行の山ならではの静謐な雰囲気も好きです。
特に裏参道の途中にある松樹庵(しょうじゅあん)から久遠寺境内全景を望むと、いつも心が晴れ晴れとします。ロープウェイは便利ですが、この景色は自分で歩いたからこそのご褒美です。
菩提梯を登るみたいに成長できたら
身延山、参詣や登山口より手前にアレがありますアレ…「菩提梯(ぼだいてい)」。全部で287段、7区画に分かれた巨大な石段。なんなら身延山の全登山道の中でもここが一番キツいと思います。
公式情報によれば、すべての段を登り切れば涅槃に達する、らしいです。なおワタクシ何度か登りましたが、おそらく人間の出来の問題でまだ悟りの境地には達することができていません。残念。
この菩提梯、登っている最中に上を見上げても階段の終わりは全然見えず、ともかく一段一段、足下だけを見ながら登っていくのですが、淡々とこれを繰り返すうち、いつも気づくと一番上まで登れているんですよね。
その時その時はキツくて先が見えなくても、必死で前に進んでいるうちに気がついたらできるようになっていること、なんだか仕事や人生にもあるかも、なんて考えながら登っています。
今日はいい日になりました!
身延山山頂は、奥之院思親閣の境内。
以前登ったとき、ここで軽い気持ちでおみくじをひいたら、何とはいいませんがそうそう見ることのない、とびきり悪いやつをひき当てちゃったんですよね。
それからこわくなって、ここ数年自分におみくじ禁止令を課していたのですが…。
ふと「ここでひいた悪運は、もう一度同じ場所でいい運をひけばリセットできるのでは!?」と思い立ち、気合いを入れておみくじをひいてみました。
結果は、大吉!
とりあえず今回はすべての項目いいことしか書いていなかったので、私は今、ものすごく機嫌がいいです。わあいわあい!
そんなのただの確率の問題?神仏に頼らずもっと理性的に生きろ?そもそも信心も足りないくせに?
いいんです!こういうのは気持ちが大事なんです。このおみくじは大事にとっておこう。
いい報告ができますように
実は私、父方の祖父が日蓮宗の僧侶をしていました。そんな背景もあって、なんとなく身延山には親しみがあります。
こどもの頃の夏休みの朝、祖父の唱える「南無妙法蓮華経」で目を覚ました古い記憶からか、手を合わせてお題目を唱えると、ちょっとご先祖様たちと話している感があります。
わたしが山梨に住むことになったのはたまたま、人生の巡り合わせ上ですが、でもなんだかそこに、故郷めいた場所があるのはうれしいなと思います。
仕事も生活もまだまだ手探りの駆け出しではありますが、次また身延山に来るときまでに、報告できるいいことが少しでも増えているといいな、と思いながら帰ってきました。
