前回の経営者編に続き、従業員編です。
事業を支えてくれる従業員に、安心して働いてもらうための制度をご紹介します。
この記事は全2回シリーズの後編です。
今回は、従業員のための「備え」
前回は、事業主のための「備え」
→ 「将来に備えつつ、節税も~事業主~」
どんな制度があれば、安心?
安全があって、安心がある
「縁あって働いてくれることになったのだから、できるだけ長く活躍してほしい」
従業員を採用するとき、すべての雇用主はそう願っていると思います。
安心して働ける職場、従業員が定着する職場にしていくには、何が必要でしょうか。
まず大前提として、就業環境が従業員の安全に配慮されている必要があります。
また、もしもの時も雇用主が責任をもって対応してくれる、という信頼感も大切です。
今回は、雇用主が従業員の福利厚生として備えるための制度をいくつか、ご紹介したいと思います。
今の安心と、将来の安心と
前回の経営者編と同じく、まず各制度を2つの性質に分けて解説していきます。
・万が一の備え
_社会保険・労働保険加入(義務です)
_あんしん財団・民間損害保険
_民間生命保険
・無事にゴールした後の備え
_iDeCo(個人型確定拠出年金)
_中退共(中小企業退職金共済)
_福祉はぐくみ企業年金基金(はぐくみ基金)
なお、上記のうち事業主編と重複する制度については、事業主の場合との相違点を中心に簡潔にご説明します。
万が一の備え
優先順位は?
当然のことながら、法律上加入義務のある社会保険・労働保険加入が最優先です。
ケガ等の災害発生が心配な場合は、あんしん財団を次にご検討ください。
民間生命保険はプラスαで考えることでよいですが、従業員に万一の事態が生じた場合の遺族の心情などを考慮すると、事業資金に余裕があれば検討に入れていただく価値はあると考えています。
社会保険・労働保険加入(義務です)
・制度の概要
社会保険→健康保険・介護保険・厚生年金
労働保険→労災保険・雇用保険
原則として、従業員を雇っていればいずれも加入義務がある制度です。但し社会保険については、一部加入義務がない事業所(従業員5人以下の個人事業主等)もあります。加入義務がない場合にも、事業主の申出により社会保険適用事業所となることが可能です(任意適用といいます)。
個別の条件については、社会保険は年金事務所、労働保険は労働基準監督署やハローワーク窓口で相談に応じてもらえるので、特にはじめて従業員を雇用する前には、必ず各窓口で必要な手続をご確認ください。
なお、社会保険・労働保険に関する手続を専門家に依頼する場合には、社会保険労務士が適任です。
・必要資金と効果
労働保険のうち労災保険は、雇用主が保険料の全額を負担します。
保険料率は業種により異なりますが、おおよそ給与額×約0.3~0.5%程度となります。
一方、社会保険と雇用保険は、従業員と雇用主が保険料負担を分け合う設計となっています。
社会保険の保険料(健保・介保・厚年合計)は、給与額×約30%が負担額となります。従業員と雇用主はこれをほぼ等分して支払うため、それぞれの負担額は給与額×約15%です。
雇用保険も労災保険と同じく、業種により保険料率が異なりますが、保険料は給与額×約1.5%程度となります。負担割合は雇用主が少し多め(1%前後)、残りを従業員が負担します。
社会保険(厚生年金)加入により、将来受取ることのできる年金には大きな違いが出ます。
また労働保険は、労災保険には業務上災害に関する治療や年金の補償、雇用保険には失業や休業に関する給付といったように、従業員の労働にまつわる「安心」の基礎を支える制度が揃っています。
・税制上のメリット
雇用主が負担する社会保険料・労働保険料はいずれも所得税・法人税の計算上必要経費として算入できます。
一般的には「法定福利費」という勘定科目を使用します。
・雇用主の負担
労働保険料の負担はそれほど大きくありませんが、社会保険料(給与額×15%)負担は年々増大しています。
社会保険の加入対象事業所の場合、従業員採用にあたっては、予定給与額×115%(給与額+雇用主負担分保険料)の人件費負担が発生する認識で予算をご検討ください。
任意加入の事業所で社会保険加入を検討する場合には、一般的には保険料負担額と、従業員が受けるメリットを比較して導入を判断することになります。ただ、社保加入を必須条件とする求職者も多いため、加入により雇用主側にも人材獲得面のメリットがあると言えるかもしれません。
あんしん財団
・制度の概要
経営者の稿でも挙げたあんしん財団、従業員も対象とすることができます。なお従業員を加入させる場合には、原則として全従業員(短時間勤務等を除く)の加入が必要です。
・必要資金と効果
毎月2千円/人(年1.2万円)の会費で、業務中・業務外を問わずケガの場合の補償(死亡一時金が一律2,000万円、その他入院・通院・障害給付)を受けることができます。また健康診断や職場の安全管理に必要な備品購入のための補助金、雇用主が従業員に損害を与えてしまった場合の使用者賠償責任保険、加入者対象の保養所等福利厚生サービスが付加されています。
・税制上のメリット
あんしん財団の会費のうち、従業員分については雇用主の所得税・法人税の計算上必要経費となります。
・雇用主の負担
あんしん財団の会費(毎月2千円/人)は雇用主が全額負担します。
民間生命保険
・制度の概要
雇用主を契約者とし、従業員を被保険者とする掛け捨ての定期生命保険に加入することで、従業員が在籍中に死亡・高度障害になった場合、遺族に保険金が入る設計にするという福利厚生手段があります。
定期生命保険は保険期間を一定期間で区切ることができ、少ない掛金で大きな保障額を設定できるので、万が一に備える制度としては一考の余地があります。なおあんしん財団にも死亡補償がありますが、支払事由がケガによる死亡の場合に限られます。この点、生命保険契約は死亡原因を問いません。
・必要資金と効果
保険金受取人を遺族とした場合、この保険金は相続税の計算上「死亡保険金」として扱われます。
一方、保険金受取人を雇用主とし、雇用主が一旦受取った保険金を原資にして遺族へ「弔慰金・見舞金」等として支払う場合、この保険金は相続税の計算上「死亡退職金」として扱います。
いずれの場合にも、相続税では「500万円×法定相続人の数」が非課税枠として整備されています。
このため、従業員の給与水準にもよりますが、まずは500万円の保険金額を目安とする場合が多いです。
たとえば40歳で・死亡時の必要保障額500万円・10年定期の生命保険だと、月額保険料はおおよそ1.5~3千円/月程度(2026/5加入の場合)。
従業員数にもよりますが、雇用主にとってそれほど大きな負担にはならない範囲で備えることができます。
・税制上のメリット
従業員を被保険者とする定期生命保険契約を締結する場合には、払込保険料は雇用主の所得税・法人税の計算上必要経費に算入することができます。
但し、被保険者が一部の役員のみの場合、対象の役員への給与支給と同様に扱われ、実質役員の受取る給与額の上乗せ分として所得税の課税対象となる場合があります。
・雇用主の負担
払込保険料の全額を雇用主が負担することとなります。
無事にゴールした後の備え
優先順位は?
これからご紹介する3つの制度は、いずれも引退時点での退職金や年金積立を目的とするものですが、大きく2つのタイプに分かれます。ひとつめが従業員が各自で任意に開始できる制度(iDeCo)、ふたつめが雇用主側での導入手続が必要な制度(中退共・はぐくみ基金)です。
退職金制度は全般に、長期にわたって掛金を運用して受取額を増やす基本設計になっています。この前提と裏腹に、数年で人が入れ替わる( = 運用が終わってしまう)場合、設計上のメリットを生かすことができません。せっかく導入しても、雇用主側の管理の手間や維持費がかかるだけで終わってしまう場合もあります。
そのため、従業員に将来への備えを意識してもらう場合、
・まずは月々支給する給与額を手厚くし、その中から各自にiDeCoへの加入検討を呼びかける
・従業員が定着し、社内の資金繰りにも余裕が出てきたら、中退共・はぐくみ基金を検討する
という順序で進めるのが合理的です。
中退共とはぐくみ基金の選択は、返戻率の高い中退共 or 受取時期が柔軟なはぐくみ基金、どちらが自社の状況からみてメリットが大きいかで判断することになるかと思います。ただ、導入や維持に一定の工数と経費がかかるはぐくみ基金は、事業規模や資金力にそれなりに余裕のある事業所向けの制度といえると思います。
iDeCo(個人型確定拠出年金)
・制度の概要
公的年金制度の上乗せとして設計されている資産形成のための国の制度です。詳細は経営者の稿で記載しましたので、簡潔に従業員の場合の情報のみ補足します。従業員が加入する場合には、勤務先の社会保険制度(厚生年金か、社保未加入で国民年金か)によって掛金上限額に差があります。
加入する際には、従業員自身が希望の金融機関(運営管理機関)に自分で申込を行い、口座を開設した上で掛金や運用商品の指示を行います。一方雇用主側は特に手続が必要ありません。
・必要資金と効果
掛金上限は、厚生年金加入の事業所に勤務している場合2.3万円/月、国民年金加入者の場合には6.8万円/月(2026/4時点)です。金額は1,000円刻みで任意に設定できます。
掛金上限額は現在制度改正が予定されています。厚生年金加入者は2.3万円→6.2万円/月、国民年金加入者は6.8万円→7.5万円/月となる見込です。2026/12から施行となる予定です。
従業員自身が運用方法を指示するため、最終的な払出額は各自の運用成績次第です。払出額が保障されていない点が、iDeCoが後述の中退共・はぐくみ基金と大きく異なる点です。
・税制上のメリット
雇用主が従業員のiDeCo加入奨励のために給与額を増額した場合、この昇給分の給与は所得税・法人税の計算上必要経費となります。
従業員が給与の中からiDeCo掛金として払込んだ金額は、従業員個人の所得税の計算上「小規模企業共済等掛金控除」として所得控除の対象となります。
・雇用主の負担
iDeCo加入奨励のために給与額を増額した場合、この昇給分の経費負担が生じます。
また昇給に伴い社会保険の等級が切り上がる場合、雇用主・従業員ともに、社会保険料負担が増加する可能性があります。(社会保険料に比べると影響は少ないですが、労働保険料も増加します)
中退共(中小企業退職金共済)
・制度の概要
社内での制度整備が難しい中小企業のために国が設けている従業員の退職金制度です。運営母体は勤労者退職金共済機構・中小企業退職金共済事業本部(以下、中退共)。
雇用主は中退共との間で共済契約を締結し、毎月各従業員分の掛金を中退共に払込みます。掛金を預かった中退共はこれを対象の従業員の在職期間を通して運用し続けます。この従業員が退職した際には、中退共から従業員へ直接退職金が振込まれます。退職金支給の際、雇用主口座は経由しません。
導入にあたっては原則として全従業員(短時間勤務等は除く)の加入が必要です。また、事業主やその親族は対象となりません(事業主等は、小規模企業共済の対象なので)。
・必要資金と効果
掛金は5千円~3万円/月の16段階が用意されており、この16種類の掛金の中から従業員毎にいずれの掛金で積立を行うかを雇用主が選択できます。掛金額は加入期間中に変更も可能です。また、中退共制度に加入している職場を退職したあと、同じく中退共加入の職場に転職した場合には、前職の退職金原資をそのまま新しい職場に引継いで運用を続けることができます。
退職金として払出される額は積立総額に1%+αの運用益を加算した額とされていますが、実際の利回りは運用期間により異なります。2年未満で退職した場合には設計上元本割れしますが、2年以上加入すれば元本は保証されます。
現状の運用見込での受取予定額は、中退共の提供するサポートサイトで試算できます。
→中退共 退職金のシミュレーション
例えば40歳の従業員で・毎月1万円の掛金を積み立て65歳で退職した場合、現状での受取見込額は342万円程度。掛金合計は1万×12×25年=300万円ですから、25年間での返戻率は単純計算して114%、これは経営者の稿で小規模企業共済について計算した返戻率とほぼ同じです。
従業員が受取った退職金は、従業員個人の所得税の計算上退職所得として扱われます。退職所得には多額の非課税枠(退職所得控除額)が設けられているため、受取時の課税を緩和することができます。
従業員が死亡したことにより退職した場合、死亡時点での退職金が遺族に払い込まれます。この退職金は相続税の対象となりますが、相続税の計算上一定の非課税枠(500万円×法定相続人の数)が設けられています。
・税制上のメリット
中退共の掛金は全額、雇用主の所得税・法人税の計算上必要経費となります。
また、一旦給与として従業員に渡した後の資金で運用するiDeCoと異なり、中退共あてに掛金を払込むので、従業員・事業主ともに社会保険料・労働保険料の算定基礎が増えないという利点があります。
・雇用主の負担
毎月の掛金については全額、雇用主の負担となります。
なお、加入から1年未満に退職した従業員の場合には退職金が支給されないため、支払った掛金は掛け捨てとなります。
また、共済制度への加入・所在地等変更、従業員の入社・退職・掛金変更などがある場合、雇用主側で各種届出様式を作成して提出する必要があります。
福祉はぐくみ企業年金基金(はぐくみ基金)
・制度の概要
iDeCoと中退共の間を埋めるような設計で2018年~新たに設立された退職金制度です。運営母体は福祉はぐくみ企業年金基金(以下、はぐくみ基金)。
仕組みを端的に説明すると、雇用主から支給される給与総額(基本給)の一部を、従業員が任意で退職準備金として取り置き、これをはぐくみ基金に預けて運用委託するイメージです。
積立額を各従業員が自由に設定できる点はiDeCoに近く、また受取額が元本保証されているという点では中退共に近い、両者の特徴を合わせもつ制度となっています。
はぐくみ基金独自の設計としては、完全な退職ではなく、休職や育休などの事由でも積立金の払出が可能という点が挙げられます。従来のiDeCoや中退共は、年齢や退職の要件を満たさなければ払出ができませんでした。はぐくみ基金は設立当初、介護・福祉・医療等、女性の多い職場の導入例が多かったことがこの仕組の理由となっているようです。
なお、導入できる事業所については、業況や業種に関する要件が設けられています。たとえば個人事業主や役員のみで構成された法人は加入資格を満たしません。その他の事業所についても、加入前に運営機関による信用調査を受ける必要があります。
・必要資金と効果
掛金の額は、従業員自身が決めることができます。
初期設定は1千円/月~、上限は基本給×20%か40万円/月のいずれか低い額までとなっています。
また後述しますが、これ以外に雇用主側で負担する維持費があります。
退職金受取予定額は元本+毎年の予定利率で決定されます。
積み立てた掛金相当額については元本保証があるため、元本割れの心配がありません。
掛金に応じた退職金受取予定額は、はぐくみ基金の提供するサポートサイトで試算できます。
→はぐくみ企業年金ナビ シミュレーション
例えば40歳の従業員で・毎月1万円の掛金を積み立て、65歳で受取る場合の受取見込額は312万円程度。掛金合計は1万×12×25年=300万円ですから、25年間での返戻率は単純計算して104%、元本保証されているとはいえ、中退共と比べると返戻率はよくありません。導入は上述の積立金払出に関する柔軟な設計を返戻率よりも優先するかどうかの判断になるかと思います。
・税制上のメリット
はぐくみ基金の掛金と雇用主の負担する事務費は、雇用主の法人税の計算上必要経費に算入できます。
また中退共と同様、基本給のうち掛金部分は従業員あてではなく直接基金に払込むため、従業員・事業主ともに、社会保険料・労働保険料の算定基礎が増えないという利点があります。
ただ積立期間中の社会保険料を削減した結果、将来従業員が受け取る出産手当金・育休給付金・厚生年金等の給付額も目減りする結果になります。
・雇用主の負担
はぐくみ基金はiDeCo・中退共に比べ、導入・管理に必要な事業主の負担が大きい点に注意が必要です。
まず資金面の負担ですが、制度導入に当たっては導入費用が約30万円~必要です。さらに制度開始後は事務費として月500円程度/人(年6千円)の維持費が発生します。また運用成績が悪化して掛金の元本割れが生じた場合には、雇用主が不足額を補てんする必要があります(この補てんにより、元本が保証される設計です)。
事務手続面での作業も多いです。導入に際しては運営機関のサポートを受けつつ、半年程度の間に、信用調査→導入費用支払→契約→システムへの情報登録→社内説明会の実施→規程整備、等の導入フローを順次進める必要があります。また導入後も従業員の入社や制度脱退、掛金変更などの都度、雇用主が基金に届出を行う必要があります。
わかり合えない時もある関係ですが
「経営者は孤独」と言いますが、従業員との関係においても、それを感じることは多いと思います。
雇用主としてはよかれと思って用意した施策が、従業員からは必ずしも評価されない場合もあります。
将来の退職金の約束より、目の前の給与・賞与を増額する方が雇用主にとっては負担が少なく、かつ従業員からは歓迎されるということもありえます。
制度は、一度作ったら将来にわたって継続する必要があります。
また、福利厚生は、すべての従業員に対して平等に運用しなければなりません。
特に少人数の職場の場合にはこの点を念頭に置いて、わかりやすくシンプルな設計を心がけることが、最終的には正解と考えています。
おわりに
「少し業績も落ち着いてきたし、なにかいい制度ないかな?できたら節税にもなるといいな」
あるお客さまからこんなお声がけをいただいて、今回の記事を書きはじめました。
各制度を網羅的に調べることができて、私としても勉強になりました。
が、またしても、だいぶ長編になってしまいました。。
この中からお役に立つ情報がひとつでも見つかれば、とてもうれしいです。
